(’89)
ドゥルッティ・コラムの音楽は清涼飲料水である。涼しげで透明なその音楽は真夏の納涼にピッタリ。蚊取線香と流しそうめんと
ドゥルッティ・コラムのアルバムは夏の風物詩になりつつある(ホンマか?)。
ドゥルッティ・コラムはヴィニ・ライリーのユニット。アルバム毎にメンバーを換えて活動する。ディレイを多用した透明感溢れるギター・サウンドが特徴で、切なく美しいフレーズを重ねて楽曲に色付けをしていく。この人はデビュー以来、10年以上に渡ってユラユラしたサウンドを頑なに守り続けてきた頑固な人でもある。その孤高の求道者的姿勢は彼を“ギター仙人”と言わせしめたほどだ。79年に『The Return Of The Durutti Column』でデビュー、その初回プレスがサンドペーパーに包まれており、売り場から強烈な自己主張をしていたというのは有名な話。本作は89年発表の13作目で、アルバムタイトルに自らの名前を冠した自信作といえよう。
91年の『Dry』も捨てがたいが、70分超の大作なので聴き疲れする感がある。その点、本作は適度なサイズにまとまっており、密度も濃い粒ぞろいの佳曲が収録されている。なかでもFは音色の質感、繊細さを徹底的に追求した名曲で、品位ある風景画のような美しさがある。18歳の僕は、タイトルからきっとオーティス・レディングと関連があるのだと信じ込み、早速オーティスのCDを借りて聴いてあまりのギャップに愕然としたのを覚えている(ソウル・ミュージックとの接点が見出せなかったというだけで、オーティスを否定しているわけではない)。
ヴィニの音楽はどのアルバムを聴いても一定の美学というか、あのユラユラしたディレイ・サウンドに覆われている。悪く言えばワンパターンである。しかし、ギタリストとしての腕は確かだし、ディレイ・サウンドを追求し極めるピュアな姿勢はもっと評価されて然るべきだと思うのだが・・・。